山を愛して半世紀

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11月26日(火)ジヌー〜シヌワ
今日はジヌーから、さらに400m登りタウルン(2180m)そしてチョムロン(2170m)を経由してシヌワ(2360m)まで約6時間の行程だ。
タウルンへの登りは延々と続く石段、昨日の8時間歩行で思うように足が動かないことに年齢を感じてしまう。
Chhewagが「荷物を少し持ちましょう」といって声をかけてくれるがここは根性で頑張るしかないと自分に言い聞かせる。
2時間以上を費やしタウルンに(ガイドブックでは1時間半)ここより5分ほど歩きチョムロンに10時過ぎ到着したものの足の疲れはピークに達していた。
チョムロンは眺めの良い高地に開けた集落でアンナプルナサウスやマチャプチャレが間近に迫る写真撮影に最適の場所であったが疲れからその余裕はなく早めの昼食と大休憩を取ることにした。

休憩すること2時間、いくぶん足のこわばりも解消し午後の行程に入る。
今日の目的地シヌアは目と鼻の先であるが一旦深い谷まで下り再び登らなければならない難儀に感じるルートである。
石段の下りも楽ではないと思いながら進むと年老いた村人達が黙々と歩いているし子供たちは賑やかに走り回りながら登ってくる。
歩くことが当たり前、こんな光景はネパールでよく見られるものだが車社会の私たちも半世紀までは同じような生活をやってきたものだ。

谷底まで下り吊り橋を渡り終えたとき対岸から、はしゃぎ声が聞こえてきた。振り返ると地元グルン族の若者2〜3人が吊り橋のロープ(直径5㌢)上を歩いて渡ってきた。
転落すればケガどころでは済まされない危険な行為であるがふざけ半分で行っているのではないという。
昨日Chhewagからグルン族=ゴルカ兵という話を聞いたが「ゴルカ兵は志願制ではなくスカウト制である」と。このため日常からこのような危険な行為を鍛錬しているとのことだ。
このとき数組のトレッカーが釘付けとなり数分の曲芸を見守っていたが渡り終えたときは安堵の拍手を送っていた。
私も緊張が解け「この連中であればエベレストも難なく登れるのではないか」などと考えていた。
これから登り返すことになるがグルン族ショーを見たせいか足取りも軽く感じられ午後3時前にはロッジ2軒のシヌアに到着した。

         チョムロン村と間近に迫ったアンナプルナサウス(7219m)と
         マチャプチャレ(6993m)対岸に見えるのはシヌワ(2360m)
チョムロンからシヌワ

           吊り橋のロープ上を渡るグルン族の若者
吊り橋のロープ上を渡るグルン族の若者

             ミルクティーを飲むグルン族の女性と
             ガイドのChhewag(シヌワのロッジにて)
グルン族の女性シヌワにて

            ロッジの部屋は簡易ベッドが2〜3台置かれている
           シュラフ(寝袋)は持ち込みでこの時期は冬用が必要
ロッジの内部

11月27日(水)シヌワ〜ヒマラヤホテル
シヌワからMBC(マチャプチャレベースキャンプ)までは深く切れ込んだV字谷のモディ・コーラ(川)右岸側を徐々に高度を上げながら進む。

           氷河で深く削られたV字谷の上部にマチャプチャレ(6993m)
           の頂上部だけが望める(AM9時頃)
サヌワのロッジからマチャプチャレを望む

標高は2300mを越えているが苔むした大木が乱立しヒマラヤ山中とは信じがたい光景が続く。これは緯度が低いため森林限界が3500m以上と高くなっている理由によるものである。
しかし雨期は湿気が多く木々の上から山ヒルがボタボタ落ちトレッカーを悩ませているそうだ。
山ヒルは足下から這い上がり皮膚から吸血し痛みを伴うが離そうとしてもなかなか取れない厄介なものだが今は乾期の時期でヒルに襲われることはない。
森は常緑樹のほか竹林もある、この竹の背丈が30m以上ありそうでよく見ると節間が40〜50㌢と遠く成長が早いものと思われる。
開けた日当りの良い場所に掘っ建て小屋がありその脇で一人の老人がドッコ(竹籠)を作っていた。
ポーターなどが荷物を入れ担いでいく運搬具である。
今ではザックが普及しドッコで運ぶポーターはすっかり少なくなったがヒマラヤ登山の光景には欠かせないアイテムであろう。
              ドッコ(竹籠)を編む地元の人
ドッコ(竹籠)編む地元の人

サヌワを8:00に出発しバンブー(2340m)を通過しドーバン(2520m)に着いたのは11:20であった。
ここでヒマラヤトレッキングにおけるロッジの状況を簡単に説明しておくと
シーズン中(10〜11月)はトレッカーが多くロッジから宿泊を断られるケースもあるためガイドが先行し部屋を確保してくれる。
しかし今はオフに近づき各ロッジの空部屋も多くその必要はない。
それだけにビューポイントであれば写真撮影にもゆっくり時間をかけることができる。

            ドバン(2520m)のロッジから見たマチャプチャレ
ドバンからマチャプチャレ

ドバンからヒマラヤホテル(2920m)にかけては川岸の道となり両岸は数百㍍もある切り立った岸壁に圧迫感を感じる場所がある。
このような場所は2〜3月の降雪期には雪崩が頻繁に発生し過去には遭難者が出たこともあるという。
河原に小さなチョルテン(チベット仏教の仏塔)が建てられていたが慰霊的なものであろうか。
私たちは手を合わせ左側を通過した。

            チョルテンは左側を通過する
ヒマラヤH近くのテンプル

11月28日(木)ヒマラヤホテル(2920m)〜デウラリ(3200m)〜マチャプチャレBC(3700m)
昨夜からが降りはじめた小雨が雪になるのではないかと心配していたが夜が明ければ快晴。
今日は一気に800mも高度を上げ3700m地点のマチャプチャレBCをめざす。空気が薄くなり高山病が心配されるところであるが過去の経験と体調も良いことから順調に進める。
途中Huge Rock(巨大な岩)という付近から標高は3000mを超えて足下もゴロゴロした岩だらけの道となる。
デウラリに来ると気温も下がり休憩時はジャケットが必要になる。
あと数日遅くなれば完全な雪景色となるところで私たちのトレッキングがシーズンの終わりを告げているようである。
モディ・コーラの支流からは氷河の融解水が滝になって流れ込み、その水流が少なくなってくると河原を歩くようになってくる。
やがて川はABCとアンナプルナIIIから流れ出す分岐にさしかかり大きな丘が表れてくるとマチャプチャレBCが目前に表れてくる。
この丘はアンナプルナサウス氷河により運ばれてきた堆積物の末端でエンドモレーンと呼ばれその上に5軒のロッジがあり私たちは13:30分に到着した。
標高は3700mあり富士山とほぼ同じ高さであるが目前にせまるマチャプチャレ(6993m)の頂きはさらに3000m上空に天を突き刺すように輝いていた。

            マチャプチャレ西面(MBC3700m地点から17時撮影)
MBCから見たマチャプチャレ
             
                同じく17時30分撮影
MBCからのマチャプチャレ2

                                         つづく
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2014.01.04 / Top↑
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