山を愛して半世紀

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
5月12日(日) この一週間は育苗と植え付け準備のため田んぼにかかりっきりの毎日だったが今日は久しぶりに九重連山のひとつ大船山に登ることになった。
今回使うコースは竹田市久住町の七里田から入山公墓を経由し山頂へ向かう少々永いルートを選んだ。
その理由として、これまで何度となく九重連山には足を運んでいるがこのルートを登りに使ったことがないこと。岡藩主中川久清(後の入山)の墓所があり40年ぶりに訪れたいという想いが強かったことにある。

長湯温泉で弁当と飲料水を買い込み岳麓寺の駐車場を目指す。
途中の水田では田植えの始まりとあって農家は早朝から精を出していた。水面に映る大船山と黒岳の姿が思わずシャッターを切らせる。
駐車場に車を置き歩くこと一時間弱で登山口に着く。
新緑と時折見かけるミヤマキリシマの花、小鳥のさえずりのなかを入山公墓を目指してひたすら歩く。
標高1400m付近に来ると平地が広がり鳥居ガ窪と呼ばれる所に入山公墓所がある。
40年ぶりに訪れた墓所は私の脳裏に記憶された姿をほぼ変えることなく現れた。
それは桃源郷的なロケーションとこの山中に突如として現れる人工構造物の調和が強烈に残っていたからだろう。
墓所は久清のものが純粋な日本式、その両脇に二基あり洋式風で造られておりその違いは宗教ではないかと想像させる。
久清は岡藩(現竹田市)の第3代藩主として藩政の確立と教育の普及に努めた名君と評価される一方、検地やキリシタン摘発の踏み絵を行っていることなどを考えるとこの墓所の違いがどのような意味を持っているのか謎を深めるところである。
いずれにせよ標高1400mの山中に花崗岩を使った墓所を造ることは莫大な費用を伴うことになるが、当時の岡藩は祖母山系に尾平、木浦鉱山などから大量の銀を製造していることから財政的には可能だったことが伺える。
こんな想いにふけり最後に久清の評価がどうされているのか別として付属の石灯籠や階段の荒廃が進んでいることを考えると墓所の整備をやってほしいと願いながら山頂へ向かった。


              麓七里田の水田に姿を映す大船山と黒岳
大船山と黒岳

                   入山公墓所の分岐点
入山公墓分岐

                   入山公墓案内板
入山公廟案内板
 
                大船山を愛し幾度となく登山した久清の墓
入山公廟

        大船山頂には午後2時頃着、なんと4時間以上かかったことになる
大船山頂

              山頂より坊がつると法華院温泉を望む
坊ガツル、法華院を望む


スポンサーサイト
2012.05.14 / Top↑
Secret

TrackBackURL
→http://yamanotabibito555.blog52.fc2.com/tb.php/65-f17fa77c
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。