山を愛して半世紀

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11月30日(土)ABC〜Bamboo
早朝6:00起床、静寂のなかアンナプルナ山群からマチャプチャレ稜線が壁のシルエットを作り満天の星空はその一つ一つの輝きが眩しいほどに目に飛び込んでくる。
マイナスの冷気が眠気を一気に振り払いこれから行おうとしている日の出の撮影気分を高める。
6時30分を過ぎると東のマチャプチャレ上空が明るくなってくる。そしてアンナプルナ1峰の最頂点に陽が当たり始めるとその光は次第に山頂から駆け下り山容を変化させていく。
「聖域の夜明け」と呼ぶにふさわしい見事な朝焼けのアンナプルナを一枚一枚収める。
私も近年の山行で写真撮影は欠かせない目的になっておりそのため山を選ぶこともある。
山の写真は太陽光線波長の関係で日の出と日没の数時間と言われ被写体と撮影場所の位置関係は重要な条件で山行計画とともにイメージを膨らませている。
撮影終了後は定番のパンケーキとミルクティーで朝食を済ませて7:00ABCに別れを告げバンブーに向け出発した。
MBCを過ぎると深い谷間の道となり天高く聳えるマチャプチャレの尖峰を背にしながら標高を下げていく。

     氷河の浸食でできたモディ・コーラ、両岸は数百メートルの岩外絶壁が続く
バンブーの手前にて11-30

        マチャプチャレの尖峰
バンブー〜チョムロン12-1


12月1日(日)Bamboo〜Chhmrong
今日のコースはシヌワまでなだらかな山腹を下りシヌワからチョムロンは比高差400mの谷越えが待っている。
9日目ともなると太もも筋肉の張りやピークに達した疲れで石段の登りが気がかりであったが4時間の短い行程であることから頑張れそうだ。
               
               シヌワ側からみたチョムロン村
チョムロン村12-1

ゆっくり歩くこと4時間少々で標高1950mチョムロン村に着いた。
ネパールは緯度が低いため12月でも好天の日中は日差しが強く日溜まりはぽかぽかと暖かくうたた寝をしてしまう。
夜はガイドのChhewagがビールとロキシー(地元焼酎)を差し出し「明日からは高山病の心配もないからアルコールOKです」と許可を出してくれた。
9日間の断酒からの解放は幸せそのものである。

          チョムロン村ロッジの夜景、村ごとに小水力発電が整備され
          電気は豊富に使える
ロッジの夜景

12月2日(月)Chhomrong〜Tadapani
チョムロンからタダパニへの道は対岸の棚田を見ながらいくつかの小集落を通過していくトレッカーも少ない静かなルートだ。
         
     チョムロンを出発し30分ほどで今日の宿泊地タダパニ峠のロッジが見えてきた
タダパニ遠望

3時間ほど歩いたゴルゾン(2060m)で昼食をしていると子供たちの賑やかな声が聞こえてきた。
生徒十数人の小さな学校があるとのことで行ってみることにした。
校門にチップボックスが置いてあり中にはルピー(ネパールの紙幣)が入っている。通りがかりのトレッカーが寄付をして行くのだが、これがネパールの重要な教育予算になっているらしい。
ネパールの公立学校は予算不足のため先生の給与支払いが精一杯で教室等の施設費用まで行き届いていないという。
特に少数民族が暮らす辺境の地では先生の確保も困難を極めているため教育内容も十分でないようだ。
私が訪ねた学年は算数の授業中で生徒2人に先生2人のマンツーマンでかけ算を教えていた。

          ゴルゾン付近の段々畑と民家、手前左側は小学校
グルゾンの民家

          小さな小学校では算数の授業が行われていた
グルゾンの小学校

タダパニのロッジは2720mの峠にあり再び谷越えの急登が待ち構えていた。
今回のようにアップダウンが続くと脚力が長期間のトレッキングに大きく影響しかなり辛い思いを強いられた。
最後の登りも2時間少々であったが休憩をこまめに取りながら午後4時前にロッジに到着した。
(年齢のせいにすることなくトレーニング不足を反省した)

          タダパニからのアンナプルナ南峰(7219m左)
         ヒウンチュリ(6441m中)マチャプチャレ(6993m右)
タダパニから展望

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2014.01.27 / Top↑
11月29日(金)MBC〜ABC
フェディーを出発して5日目、第一の目的であるアンナプルナ内院の懐にあたるベースキャンプ(4160m)をめざす。
2時間足らずの短い行程であるため午前8時の出発となった。
MBCからABCまではアンナプルナ氷河で運ばれたエンドモレーン部(端堆石)を上り詰め、緩やかになったところでサイドモレーン(側堆石)部を歩く。
天気は晴れ無風の静まり返った谷間をゆっくり登っていく。所々に数日前の降雪が凍結し周りの枯れ草には霜が付きいかにも寒そうであるがマイナスの気温下でも体感温度は「寒ーい」という感じではない。
日本の春山でもマイナス時はダウンのアウターにニット帽などの防寒対策が必要だが、ここ4000m近くでもフリースかソフトシェル程度で十分であることを考えると湿度の違いで体感温度が変ることを実感する。

予定どおり2時間を歩くとABCのロッジに到着した。
ここはアンナプルナ・サウス(南峰7219m)アンナプルナ・ファン(7647m)アンナプルナ1峰(8091m)グレイシャードーム(7193m)アンナプルナ3峰などに囲まれた懐部である。
日本の山に例えると北アルプスの涸沢のようであるが涸沢の穏やかな表情に対し、ここは周りの峰々が衝立のように立ちはだかり来る者を拒んでいるようである。
アンナプルナ内院と呼ばれているが「内院」という意味が不思議でガイドに尋ねてみるとサンクチュアリSanctuary、つまりサンスクリット語で「聖域」を意味しアンナプルナ(豊饒の女神)の神聖な場所であるという。

今回のトレッキング4000m越えが4年ぶりとあり少々高度順応に不安を持っていた。
高所登山で最も危険性があるのが高山病である。6年前最初のカラパタールトレッキング(エベレスト方面)ではナムチェバザール(3500m)で頭痛と不眠に襲われ高山病症状を起こした。
幸い2日間の順応日でそれ以上の大事には至らず5500m地点まで行くことができた。それから数回のヒマラヤトレッキングで6000mまでは自信を持っていたが4年前体調を崩し本格的な登山から遠ざかっていたからだ。
しかし今回は私がめざす7000m級のピークに挑戦したいがための見極めであり、まず4000mを越えることができるかどうかが第一の目的であった。
そこでアンナプルナ内院を選んだ理由として、標高1000mそこそこから徐々に高度を上げていくため高度順応がうまくできるという条件があったのである。
息切れや頭痛もなくそれまで不安心に駆られていた高度順応を一応払拭できたことが私には何よりの成果であった。

            ABCのロッジが見え万歳をするTshering
ABCは近い

       正面に衝立の如く立ちはだかるアンナプルナ1峰(8091m)圧巻だ!
ABCから見たアンナプルナ1峰

       背後にはマチャプチャレ(右)からアンナプルナ3峰(左、7555m)
         左に見える川筋はアンナプルナ南峰から流れる氷河
ABCから見たマチャプチャレ

       テントピーク(5663m)登頂後下山中に足を骨折した登山者を
              救助にきたヘリコプター
負傷者救助のヘリコプター

           ロッジのダイニングでくつろぐChhewagとTshering
ABCロッジにて

            ロッジとアンナプルナ南峰(7219m)
アンナプルナ南峰

         マチャプチャレの意味は「魚の尻尾」ここも神聖の地として
             登山が禁止されている
マチャプチャレ残照

          日没前アンナプルナ南峰を照らす斜光は聖域にふさわしく
                神秘的である
アンナプルナ南峰斜光2

        モルゲンロート(朝焼け)に染まるアンナプルナ1峰(30日朝方撮影)
朝焼けのアンナプルナ1峰2

        11月30日ABCを後にし次の目的地ゴレパニへ向かう
ABCを後に

                                   つづく
2014.01.10 / Top↑
11月26日(火)ジヌー〜シヌワ
今日はジヌーから、さらに400m登りタウルン(2180m)そしてチョムロン(2170m)を経由してシヌワ(2360m)まで約6時間の行程だ。
タウルンへの登りは延々と続く石段、昨日の8時間歩行で思うように足が動かないことに年齢を感じてしまう。
Chhewagが「荷物を少し持ちましょう」といって声をかけてくれるがここは根性で頑張るしかないと自分に言い聞かせる。
2時間以上を費やしタウルンに(ガイドブックでは1時間半)ここより5分ほど歩きチョムロンに10時過ぎ到着したものの足の疲れはピークに達していた。
チョムロンは眺めの良い高地に開けた集落でアンナプルナサウスやマチャプチャレが間近に迫る写真撮影に最適の場所であったが疲れからその余裕はなく早めの昼食と大休憩を取ることにした。

休憩すること2時間、いくぶん足のこわばりも解消し午後の行程に入る。
今日の目的地シヌアは目と鼻の先であるが一旦深い谷まで下り再び登らなければならない難儀に感じるルートである。
石段の下りも楽ではないと思いながら進むと年老いた村人達が黙々と歩いているし子供たちは賑やかに走り回りながら登ってくる。
歩くことが当たり前、こんな光景はネパールでよく見られるものだが車社会の私たちも半世紀までは同じような生活をやってきたものだ。

谷底まで下り吊り橋を渡り終えたとき対岸から、はしゃぎ声が聞こえてきた。振り返ると地元グルン族の若者2〜3人が吊り橋のロープ(直径5㌢)上を歩いて渡ってきた。
転落すればケガどころでは済まされない危険な行為であるがふざけ半分で行っているのではないという。
昨日Chhewagからグルン族=ゴルカ兵という話を聞いたが「ゴルカ兵は志願制ではなくスカウト制である」と。このため日常からこのような危険な行為を鍛錬しているとのことだ。
このとき数組のトレッカーが釘付けとなり数分の曲芸を見守っていたが渡り終えたときは安堵の拍手を送っていた。
私も緊張が解け「この連中であればエベレストも難なく登れるのではないか」などと考えていた。
これから登り返すことになるがグルン族ショーを見たせいか足取りも軽く感じられ午後3時前にはロッジ2軒のシヌアに到着した。

         チョムロン村と間近に迫ったアンナプルナサウス(7219m)と
         マチャプチャレ(6993m)対岸に見えるのはシヌワ(2360m)
チョムロンからシヌワ

           吊り橋のロープ上を渡るグルン族の若者
吊り橋のロープ上を渡るグルン族の若者

             ミルクティーを飲むグルン族の女性と
             ガイドのChhewag(シヌワのロッジにて)
グルン族の女性シヌワにて

            ロッジの部屋は簡易ベッドが2〜3台置かれている
           シュラフ(寝袋)は持ち込みでこの時期は冬用が必要
ロッジの内部

11月27日(水)シヌワ〜ヒマラヤホテル
シヌワからMBC(マチャプチャレベースキャンプ)までは深く切れ込んだV字谷のモディ・コーラ(川)右岸側を徐々に高度を上げながら進む。

           氷河で深く削られたV字谷の上部にマチャプチャレ(6993m)
           の頂上部だけが望める(AM9時頃)
サヌワのロッジからマチャプチャレを望む

標高は2300mを越えているが苔むした大木が乱立しヒマラヤ山中とは信じがたい光景が続く。これは緯度が低いため森林限界が3500m以上と高くなっている理由によるものである。
しかし雨期は湿気が多く木々の上から山ヒルがボタボタ落ちトレッカーを悩ませているそうだ。
山ヒルは足下から這い上がり皮膚から吸血し痛みを伴うが離そうとしてもなかなか取れない厄介なものだが今は乾期の時期でヒルに襲われることはない。
森は常緑樹のほか竹林もある、この竹の背丈が30m以上ありそうでよく見ると節間が40〜50㌢と遠く成長が早いものと思われる。
開けた日当りの良い場所に掘っ建て小屋がありその脇で一人の老人がドッコ(竹籠)を作っていた。
ポーターなどが荷物を入れ担いでいく運搬具である。
今ではザックが普及しドッコで運ぶポーターはすっかり少なくなったがヒマラヤ登山の光景には欠かせないアイテムであろう。
              ドッコ(竹籠)を編む地元の人
ドッコ(竹籠)編む地元の人

サヌワを8:00に出発しバンブー(2340m)を通過しドーバン(2520m)に着いたのは11:20であった。
ここでヒマラヤトレッキングにおけるロッジの状況を簡単に説明しておくと
シーズン中(10〜11月)はトレッカーが多くロッジから宿泊を断られるケースもあるためガイドが先行し部屋を確保してくれる。
しかし今はオフに近づき各ロッジの空部屋も多くその必要はない。
それだけにビューポイントであれば写真撮影にもゆっくり時間をかけることができる。

            ドバン(2520m)のロッジから見たマチャプチャレ
ドバンからマチャプチャレ

ドバンからヒマラヤホテル(2920m)にかけては川岸の道となり両岸は数百㍍もある切り立った岸壁に圧迫感を感じる場所がある。
このような場所は2〜3月の降雪期には雪崩が頻繁に発生し過去には遭難者が出たこともあるという。
河原に小さなチョルテン(チベット仏教の仏塔)が建てられていたが慰霊的なものであろうか。
私たちは手を合わせ左側を通過した。

            チョルテンは左側を通過する
ヒマラヤH近くのテンプル

11月28日(木)ヒマラヤホテル(2920m)〜デウラリ(3200m)〜マチャプチャレBC(3700m)
昨夜からが降りはじめた小雨が雪になるのではないかと心配していたが夜が明ければ快晴。
今日は一気に800mも高度を上げ3700m地点のマチャプチャレBCをめざす。空気が薄くなり高山病が心配されるところであるが過去の経験と体調も良いことから順調に進める。
途中Huge Rock(巨大な岩)という付近から標高は3000mを超えて足下もゴロゴロした岩だらけの道となる。
デウラリに来ると気温も下がり休憩時はジャケットが必要になる。
あと数日遅くなれば完全な雪景色となるところで私たちのトレッキングがシーズンの終わりを告げているようである。
モディ・コーラの支流からは氷河の融解水が滝になって流れ込み、その水流が少なくなってくると河原を歩くようになってくる。
やがて川はABCとアンナプルナIIIから流れ出す分岐にさしかかり大きな丘が表れてくるとマチャプチャレBCが目前に表れてくる。
この丘はアンナプルナサウス氷河により運ばれてきた堆積物の末端でエンドモレーンと呼ばれその上に5軒のロッジがあり私たちは13:30分に到着した。
標高は3700mあり富士山とほぼ同じ高さであるが目前にせまるマチャプチャレ(6993m)の頂きはさらに3000m上空に天を突き刺すように輝いていた。

            マチャプチャレ西面(MBC3700m地点から17時撮影)
MBCから見たマチャプチャレ
             
                同じく17時30分撮影
MBCからのマチャプチャレ2

                                         つづく
2014.01.04 / Top↑
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