山を愛して半世紀

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- / Top↑
7月14〜16日  遠征登山最終ラウンドは北アルプスの蝶ガ岳(2677m)に2泊3日滞在し槍・穂高連峰の写真撮影に終始した。
ここは南北に連なる槍・穂高連峰と平行して常念岳〜蝶が岳さらには徳本峠と続くなだらかな稜線上の山でその間に深く切れ込んだ梓川がお互いの姿をさえぎることのない絶景ポイントとして多くの写真マニアが訪れる所である。

登山ルートは安曇野市三脵からの蝶ガ岳新道、登り5時間下り3時間といった一般的なルートであるが私には初めて歩くことになる。
14〜15日は海の日の連休とあって登山者も多いと見込み前日の夜に登山口に着く。案の定駐車場は満杯でかろうじて2〜3台の駐車スペースがあり車中で終息する。

14日は朝から曇り空ラジオで気象予報を調べ16日からは天気が回復するとの情報を得て午前7時に出発する。
途中小雨に見舞われるが雨具を着るまでにはいたらずザックカバーのみを付ける。
さすが連休とあり登山者も多く中高年の夫婦やグループが目立つ中、若いカップルの姿も見かける。
下山する若者のなかに「俺は最初の山で最後になるだろう・・・」とぼやいていたが昨日今日と生憎の天気だったので最初の登山が天気に恵まれなかったらそんな気持ちになるだろうと同情してしまった。
また、私と「抜きつ抜かれつ」歩いていた中年の登山者は四合目の『まめうち平』で雨のため引き返してしまった。
そんな状況のなか明日からの天候回復を願いながら蝶ガ岳山頂をめざす。

昼過ぎに蝶ガ岳ヒュッテに到着。
外は相変わらずの曇り空であるが時折姿をみせる穂高連峰の迫力に圧倒される。
しかし槍ヶ岳に関してはその穂先部分だけにガスが掛かり全容が見えない
夕方に期待するがシャッターチャンスが訪れることはなかった。

15日も朝から曇り空となり御来光も見ることができず宿泊客は早々に下山していった。
私は山小屋でテレビの天気予報を注意深く見守り明日の天候回復を信じて読書と音楽鑑賞で1日を過した。

16日未明、満天の星空とはいかないまでも瞬く星に安心しカメラの準備をし日の出を待つ。
4時半すぎ東の空が明るくなり太陽が顔をのぞかせてくる。
すると、その光は対面する槍ヶ岳、穂高連峰の頂部から次第に山全体に朝焼けをもたらすモルゲンロート現象に包まれる。
わずか15分足らずの短い光のショーであるが登山者の誰もが待ち望む一番の楽しみである。
私も夢中でカメラのシャッターを押し続け満足の一時を過ごした。


          蝶ガ岳より常念岳、大天井岳方面を望む(15日撮影)
蝶ガ岳より常念岳


         左より前穂高岳、奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳(15日撮影)
穂高連峰


            大キレットに沈む夕日(15日撮影)
大キレットに沈む夕日

          
             蝶ガ岳からの御来光(16日撮影)
蝶ガ岳からの御来光


             槍・穂高連峰の朝焼け(16日撮影)
槍・穂高連峰の朝焼け


               穂高連峰と涸沢(16日撮影)
穂高連峰と涸沢


                 槍ヶ岳(16日撮影)
槍ヶ岳
スポンサーサイト
2013.07.30 / Top↑
7月12日(金)御嶽山2日目は紺碧の青空が広がる好天に恵まれた。
今日は摩利支天山〜賽の河原〜剣ケ峰を往復する天空のトレッキング、継子岳(ままこだけ)のコマクサ撮影を行い濁河温泉に下山する予定だ。

御嶽山は独立峰であるが剣ケ峰をはじめ継母岳、摩利支天山、継子岳などからなる複合火山でその活動は今も続いている。山の誕生から今日まで幾度かの噴火を繰り返し現在の形に落ち着いているがある時期は富士山をしのぐ日本一の高峰だったというから驚きである。
そのことは広大な裾野を広げる山体を見れば想像できる。

一方、御嶽山は「日本百名山」(深田久弥 著)で御嶽として紹介されている。
山名の由来を調べてみると遠く三重県からも望め「王御嶽」(おんみたけとも呼ばれていた)古くは坐す神を王嶽蔵王権現とされ、修験者がこの山に対する尊称として「王の御嶽」(おうのみたけ)と称して「王嶽」(おうたけ)となり,その後「御嶽」に変ったとされる。
;フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より

剣ケ峰の最高峰を始め継母岳(ままははだけ)摩利支天山(まりしてんやま)継子岳(ままこだけ)など特異の山名も山岳信仰を色濃く伝え今に残る「御嶽詣で」は独特の規律を守っているようである。
また麓の山麓から登山道、山頂部のいたるところに祠や石碑が数多く見られ、御嶽信仰独特の歴史を感じさせる山である。

御嶽信仰と呼応して「強力」さんが活躍しているのもこの山の特徴の一つと言える。
二の池新館小屋で偶然会った倉本さんはこの山の「強力」と「案内人」を業としているという。
この日は小屋の食料を担ぎ上げてきたところであるが、なんとその重量は80㌔近くあるとのことだ。
「昭和の時代は信者さんも多く賑わっていたが現在は高齢化で山まで上がってくる人が減った」さらに登山者については「交通の便がよくなり日帰りする人ばかりだ」と嘆き気味に話してくれた。
私の登山も半世紀近くになるが登山スタイルは車利用でスピード登山と大きく変わり山小屋が混雑するのは一時の期間に限定されている。
こんな状況変化のなかでも延々と続く「御嶽詣で」と「強力」の存在は日本の山岳にふさわしい姿であり後世に引き継いでいかなければならない日本人の義務なのかも知れない。
そして「御嶽山」は「御嶽さん」であってそこに登ることは登山ではなく「登拝」というべきなのかも知れない。


            摩利支天山から五の池と継子岳を望む。
摩利支天山からの五の池、継子岳


            満面の水を湛える二の池と剣ケ峰
2の池と剣ケ峰


            氷河の先端を思わせる二の池雪渓
氷河の先端を感じさせる雪渓


             剣ケ峰中腹からの摩利支天山
2の池から摩利支天方向


               剣ケ峰山頂にて
剣ケ峰山頂


             二の池新館小屋で出会った倉本さんは
             御嶽最後の「強力」と言われている
強力の倉本さん

             
             倉本さんに教えてもらったコマクサの
             群生地(継子岳ではない)
賽の河原で見つけたコマクサ


              下山後に岐阜県側からみた継子岳
チャオ御岳高原からの継子岳


2013.07.27 / Top↑
7月11〜12日 昨日の荒島岳に続いて岐阜、長野両県に跨がる御嶽山(3067m)に初挑戦する。
御嶽山について私には小さい頃から耳にしていた木曽節の一節「木曽の御嶽 ナンジャラホーイ 夏でも寒い ヨイヨイヨイ・・・」と唄われているように木曽山中の高山というイメージが強くアルプス等のどの山より最初に覚えた山名であったが山岳信仰の色彩が強く自身の登山対象としてこれまで選択肢にはなかった。

荒島岳下山後、九頭竜川沿いの国道158号を郡上八幡方面へ和良の「道の駅」で車中泊。11日は下呂温泉を経由し御嶽山の登山口である濁河温泉には10時に到着した。
登山口の案内板には飛騨頂上4.2㌔、3時間30分とある。
「ゆっくり歩いて5時間か・・・」とひとり言をつぶやきながらまずは里宮神社に安全祈願をお願いする。
神社は訪れる人が少なくなったのか荒廃が進んでいるように見えた。
樅や栂の原生林が生い茂る登山道は石畳で整備された部分もありその表面は信者の歩いた凹みが山岳信仰の重みを伝えている。
8合目には「お助け水」という水場らしい休憩場所があり石仏も安置され過去には御嶽詣での信者が休息を取ったことであろうが現在水は枯れているようだ。
この付近から樹林帯も薄くなり飛騨頂上や摩利支天の峰が望めるようになる。
やがて森林限界を抜けるとハイマツの登山道となり今日の目的である「飛騨頂上五ノ池小屋」もあと一息である。
午後2時過ぎ五ノ池の縁に建てられた山小屋に到着、最近改築されたらしく小さいながらも全てに感じの良い小屋である。

夕食後日没の写真を撮ろうとカメラを三脚にセットする。
飛騨頂上から剣ケ峰(3067m)は南の方向になりその頂は僅かに見えるだけ摩利支天(2959m)の西側斜面にあたる夕日を狙った。
時折ガスがかかり西の雲海の奥に沈む夕日と刻々と色彩を変える摩利支天の山容に堪能しながら日没までシャッターを押し続けた。


              岐阜県側からの御嶽山登山口(濁河温泉)
濁河温泉の登山口


             モルゲンロートに映える摩利支天(2959m)
飛騨頂上からの摩利支天


                飛騨頂上からの落陽
落陽


                飛騨頂上からの剣ケ峰(3067m)
剣ケ峰

2013.07.24 / Top↑
7月10日(水)九州地方は早くも梅雨明けが発表され又、私の農作業も一段落したところで長期間の遠征登山をすることになった。
今回は北アルプスの蝶ガ岳からの槍・穂高連峰の写真撮影を主な目的に道中にある福井県の荒島岳(1523m)、岐阜,長野県に跨がる御嶽山(3067m)を含め登山することとした。
日程は10泊11日、交通機関は自家用車で愛車スバルサンバーだ。片道1500km以上もある長旅になるが昨年の劔登山で経験済のため長距離運転にもすっかり慣れ、なにより天候等による日程調整が自由になることが嬉しい。

九州を8日に出発、途中島根で一泊し福井県大野市には9日の夜に到着し10日に第一ステージの荒島岳(1523m)をめざした。
コースは勝原コースを選定し日帰りのピストン登山となり登り3.5〜4.5時間、下り2.5時間といったところである。
ここで疑問に感じるのがコースタイムである。
標高1500mそこそこの山でこれだけの時間を要する山はざらにない。
それは比高差が1200mもあるということだ。さらに登って分かることだがかなりハードなコースであり甘く考えていると痛い目に合う。(私の想像を超えていた)

勝原スキー場から急斜面のゲレンデをほぼ一直線状に50分やっとブナ林の中に入ったと思うと尾根状の急登がシャクナゲ平まで1時間30分以上続く。
天気がよければここからの展望も良さそうで疲れも忘れさせようが今日は生憎の曇天、蒸暑さで疲れも倍増し気持ちが暗くなる。
これより頂上までさらに1時間以上の悪路が続き気が抜けない。
下山中の数人に逢い「こんな山は二度とこない」「さすが百名山、登って理解できた」などといった声が聞かれ私も深田久弥氏が「日本百名山」に選定した理由に興味を持った。

頂上に達したのは正午を回っていた。
ここも信仰の山で荒島大権現の社が祀られている。初登頂の感謝をこめて参拝する。
私の他に岐阜から来た二人連れの年配者と地元福井の青年二人とともに昼食をとりながらこの山の感想等を語り合う。
地元青年から登山の心得を聞かれた私は、靴やザックなど用具の選び方とともに最も大事なことは「日本人は古より山を尊び信仰してきた。その精神を持つことが大切である」と解ったような講釈をすると青年が大権現に参拝。
私は思わず嬉しくなった。

天候は相変わらずの曇天、時折薄日が射すのを見計らい写真撮影を試みるが思ったものは撮れなく1時間の頂上休憩を後にし下山した。
「日本百名山」の選定根拠についてであるが深田氏は「山の品格」「山の歴史」「山の個性」の3条件を掲げている。
そして荒島岳について大野市側みる優美さ、九頭竜川源流からみた荒々しい姿と昔から崇められ多くの人々が登拝された山であることがその根拠となっているようである。
私は麓からみた荒島岳の姿を確認するため帰路に再び立ち寄ることにした。

            大野平野から望む荒島岳は優美で女性的な姿
大野市街地から見た荒島岳

            大野市下山地区(九頭竜ダム側)からは荒々
            しく天を突き急峻な渓谷を作っている
大野市下山地区から見た荒島岳

             シャクナゲ平付近からみた荒島岳頂上
シャクナゲ平付近からの荒島岳

                  頂上にて
荒島岳山頂

                  荒島大権現
荒島大権現
2013.07.20 / Top↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。