山を愛して半世紀

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15日間のエベレスト街道トレッキングは予定どうり終えることができ、残った2日間の予備日はカトマンドゥとバクタプルの旧王宮広場観光となった。
いずれの街も古く美しい建築物が多く残っており中世にタイムスリップした感覚になってしまう。また、街中を歩くと多民族国家であることも容易に伺い知れるが言語からもグループ化されているようである。
私たちのガイド、ポーターを勤めた人々はチベット系高地民でシェルパ族とも呼ばれているが日本人に似ているせいか親しみを感じて接することができた。
カトマンドゥ市内の道路や下水道、住宅といった社会資本の整備はかなり遅れており不便さ(日本人から見て)感じるがこれといった産業もなく観光による外貨収入に頼らざるをえない実情からするとうなずける。
観光国として今後発展していくことであろうが、発電が全て水力施設であること、電気で走るオート三輪車など自然エネルギーが普及していることはネパール国らしい発想であろう。
今後外国資本による開発も進むだろうが私たちが歩んできた開発競争だけには進んでもらいたくないという気持ちを抱きネパールを後にした。

バクタブル市内にて
バクタブル市内にて


陶磁器を天日干し
陶磁器を天日干しする女性(バクタブル市内にて)


青空市場の女性
青空市場で野菜を売る女性

ダルバール広場の少女
ダルバール広場で戯れる少女


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2010.04.22 / Top↑
カラパタールにて
カラパタール頂上にてシェルパのゴリさんと記念撮影

11月23日(金)午後4時過ぎ5545mのカラパタール頂上に立つ。太陽が西の空に沈みはじめると山容
は刻々と変化し最後まで残照に映し出されていたのがエベレストさすが世界最高峰の山だ。
折しもこの日は満月、月がチャンツェの肩から姿を現し昼の終わりと夜の始まりの天体ショウを見れた
感動は一生忘れない。


チャンツェと満月
東の空から満月が昇りはじめる(左はチャンツェ7599m)



エベレスト残照
エベレスト残照と満月



月明かりに輝くアマ・ダブラム
月明かりに輝くアマ・ダブラム(ツゥクラから)



2010.04.19 / Top↑
トゥクラの丘に建つ遭難慰霊碑
トゥクラの丘に建つ遭難慰霊碑

今日(11月22日)はディンボチェ~ゴラクシェブ(5150m)までのロングトレッキング。
最初は丘陵地帯の景色の良いコースであるが、トゥクラから氷河末端のモレーンを息を切らせ登ると
峠にチョルテンが数十基立ち並ぶ。これらはエベレスト登山で亡くなったアルピニストとシェルパの
慰霊碑である。


チベット雪鶏
旅人を出迎えるチベット雪鶏?

ロブチェを過ぎクーンプ氷河のサイドモレーンをプモリめざして進むとカラパタールの丘が見えるよ
うになる。最終地点ゴラクシェブもすぐそこだ。チベット雪鶏が旅人を暖かく出迎えてくれた。


カラパタール
黒い岩の丘カラパタール(5545m)とプモリ(7165m)

11月16日(金)ルクラを出発して8日目、今回トレッキングの最終目的地ゴラクシェブに着いた。
カラパタールは「黒い岩の丘」という意味があるようでエベレストと頂点として8000m級の秀峰が
連なる周辺の山と見劣りしない存在感を示しているように思える。
さらに、この小高い丘に登頂するまでの体力と気力が想像以上のものを強いられることと、達成感は
挑戦した者だけが味わえる自然からの褒美なのかも知れない。


エベレストを背景に
カラパタール頂上にて背後はエベレストベースキャンプとアイスホール













2010.04.16 / Top↑
ローツェ南壁
チュクンのロッジとローツェ南壁

11月21日(水)ディンボチェ(4350m)においても高度順応のため2日間滞在し2日目はイムジャ・
コーラ最奥のチュクン(4730m)まで往復トレッキング。
3000mはあろうかと思われるローツェ南壁の圧巻に目を奪われながらゆっくりと歩く。


ヒマラヤの襞カンレヤウム

襞カンレヤウム
ヒマラヤの襞カンレヤウム

3時間歩いてチュクンに到着。ヒマラヤの襞が美しいカンレヤウムを間近に望む場所まで足を延ばし
てみることにした。
その見事な襞はまさにヒマラヤの心臓部のようで神秘的な表情を見せてくれる。しかしこの隣には
Imja Tso(氷河湖)が拡大を続け決壊の恐れが指摘されている。
地球温暖化が氷河の融解を促進させていることを考えれば私たちに出来る地球保全は何なのか真剣
に考えなければならない。


チュクン
チュクンから見たタウチェ(6542m)



4千メートル高地を行くゾッキョ
4000mの高地で荷物を運搬するゾッキョ

ゾッキョは水牛とヤクの改良種である。山岳地帯に棲むヤクは高地(3000m以上)でしか生きられな
いため平地の水牛とを掛け合せた改良種だそうだ。
一頭当たりの運搬重量は60~80kgでトレッキングでは重要な運搬手段として扱われている。




2010.04.14 / Top↑
エベレスト、ローツェ
モルゲンロートに輝くエベレスト(左)ローツェ(右)

11月20日(火)今日はタンボチェ~ディンボチェまで約7時間のトレック。標高も4000mを超える
初めての世界に少々緊張もするが心は弾む。
夜明け前よりカメラを片手に周辺を散策する。


タンボチェ寺院とタウチェ
タンボチェ寺院とタウチェ

早朝のタンボチェは霜に覆われ気温は零度以下。頭上に聳えるタウチェに朝日が当たり神秘的な姿を
見せる。


タムセルク
イムジャ・コーラの流れとカンテガ、タムセルク

V字谷の流れドゥードゥー・コシもナムチェからイムジャ・コーラと名称を変え、パンボチェ村を過ぎ
ると浅い谷川となり地形も穏やかな丘陵地帯となる。


2010.04.13 / Top↑
クムジュン村からのアマ・ダブラム
クムジュン村から見るアマ・ダブラム(6856m)

クムジュン村の標高は3750m、ナムチェから2時間ほど登った台地にあり北側に聳える精なる山クン
ビラより水が供給され畑作が営まれている。この時期の村はジャガイモの収穫も終わり冬の到来を静
かに待っているかのようであった。
ここから見るアマ・ダブラム(6856m)は、まさに「母の首飾り」の愛称にぴったしで厳しさと穏や
かさを見る人に与える。
エベレスト初登頂のエドモンド・ヒラリーがこの地に移り住んだ心境も理解できる。


カンテガを背景に
カンテガを背景に

ナムチェ~タンボチェ間のエベレスト街道は前方にアマ・ダブラム、ローツェ、後にクワンデを背負い
ながらイムジャ・コーラ(川)沿いに進んで行く展望のよいルートだ。
右手間近に迫るタムセルクとカンテガの鋭峰がその表情を少しずつ変え楽しませてくれる。


エベレストとローツェ
だんだん近くなるエベレスト
ナムチェ~タンボチェ間は途中イムジャ・コーラ河岸のプンキ・タンガ(3250m)で一度標高を下
げ、そのあと一気にタンボチェ(3867m)まで登り詰める。
標高はすでに富士山より高い地点であり酸素も薄く疲れやすい状況下であるが周りの絶景とエベレ
ストに近づいているという興奮気味な中で足取りは快調だ。


タンボチェ到着
タンボチェ村にて

エベレスト街道随一のチベット仏教の大寺院(ゴンパ)があるタンボチェは標高3867m、アマ・ダブ
ラムの麓に広がる台地にある。寺院の他数軒のロッジがあり、ここまでは多くのトレッカーが足を運
んでいるようだ。












2010.04.10 / Top↑
シェルパの里ナムチェ・バザール

2日目にはナムチェ・バザールに到着。標高3440m三方を山腹に囲まれたエベレスト街道最大の集落
が現れロッジや土産物店が所せましと軒を連ねている。建物の壁は花崗岩の切り石で積まれ今も槌音
が静かな里に響き渡っていた。
トレッカーはここで2日間滞在し身体を高度に慣れさせる。私も初めての高地、夜には呼吸困難を感じ
熟睡できなかったが誰でも経験することらしい。

クワンデ
ナムチェの朝はクワンデ(6187m)から始まる




道草

ナムチェ滞在の1日私たちはクムジュン村(3800m)までの往復トレッキング(高度順応)を行った。
クムジュン村には中学と高校がありナムチェの子供たちも通っている。酸素の薄さなど全く苦にせ
ず急峻な地形で道草?をする姿をみるとフッと我のガキ大将時代を思い出した。


2010.04.09 / Top↑
カトマンズ空港
旅たちの日

2007年11月14日から21日間あこがれのヒマラヤトレッキングに出かけた。目的地はエベレスト街道
の終点カラパタール(標高5545m)。途中バンコクで一泊、15日にカトマンズ入りし16日国内線の小型
機でルクラへ向かう。
早朝のカトマンズ空港ではガネッシュ/ヒマラヤの山並みが朝日を受けアーベンロードに輝き素晴らし
い姿を見せてくれた。

ルクラ
              ルクラにてガイドと

約40分間のフライトでルクラ空港に着く。飛行場は標高2800mの急峻な尾根に設けられ滑走路は
300m程度と短い。このため滑走路には勾配が付けられ離着陸の滑走距離が短くて済むように工夫
されている。さすがに着地するまでの数分間は緊張し手に汗をかいてしまった。
ルクラはクーンブ山系への登山、トレッキングの出発点であり登山用品から日用品まであらゆる品
物が揃えられる。
私たちは、ここでシェルパ(ガイド)とポーター(荷物運搬)と合流、打ち合せを行いトレッキン
グを開始した。


タドコシからのクスム・カングル

ルクラからはエベレスト街道と呼ばれる谷筋の道をゴラクシェブ(5150m)まで8日間かけて歩くこと
になるが、途中のパンボチェ(3985m)までは地域の生活道路であることを忘れてはならない。
2時間歩いたタドコシで昼食となる。ここまで来るとヒマラヤの山々が頭上高くに峰を現すようにな
るが谷間からクスム・カングル(6370m)が姿を見せた時ヒマラヤに来た実感を覚えた。
2010.04.09 / Top↑
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