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山を愛して半世紀

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6月28日(日)「梅雨晴れ」を期待し毎日を過ごしているが今年ほど入梅以来雨の続く日も珍しいのではないだろうか。
それでも稲作の管理で阿蘇の水田に出かけることは多く一昨日から除草作業等に精を出してきた。
今日は作業が早く終り天気も良くなったことから帰省途中に南小国町にある「押戸石の丘」に立ち寄った。
この巨石群は阿蘇外輪山の小高い丘に位置し人工的に配置された9組の列石からなり時を刻んだとされる「はさみ石」シュメール文字が刻まれた「鏡石」磁気を発する「押戸石」などがある。
押戸石はしめ縄が飾られ隣にある祭壇石との関係から古(縄文以前?)から祭礼の場所として崇められてきたようだ。
現在はパワースポットとして若者に人気があるようでこの日も数組が訪れ押戸石で『気』を受けていた。

全国にパワースポットと呼ばれる場所は多くあるが『気』を感じる所は古地磁気(こちじき)を発する地が多い。
古地磁気とは火山岩や堆積岩が記録している過去の地磁気のことであって、例えば久住連山の安山岩に磁石を近づけると針がN極を示さないなど磁化の方行が現在と逆向きのものがる。
これと同じように押戸石も磁石を近づけるとぐるっと回るが、これは石に残留磁気が発生しているためである。

不思議なことはこれだけではない。
この地は阿蘇山と久住連山の中間地点にあり広大な草原である。地質学的に表面は黒ボクで覆われその下部に阿蘇噴火の凝灰岩で構成されている。
しかし押戸石を含む巨石群はこの周辺では産出しない花崗岩であって巨石がどこから運ばれてきたのかを考えたとき想像が膨らむ遺構である

 
         夏至と冬至には石の狭間に太陽が昇り沈み時を刻んだはさみ石             
はさみ石

               列石群の中心をなす押戸石
丘の頂上にある押戸石

            押戸石に寄り添い気を受ける女性       
パワーを受ける女性

          背後に久住連山を控え360度展望が広がる押戸石の丘 
押戸石の丘から望む久住連山


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2015.06.29 / Top↑
10月8日(月)私が小林ムツさんを知ったのは10年程前のNHKドキュメント「ムツばあさんの花物語」という感動的な番組であった。
秩父の山中で暮らす老夫婦、小林ムツさんと公一さんが生活の糧としてきた畑を山に戻す姿と大田部楢尾集落の人々のつながりを紹介したものである。
その後の第二作「ムツばあさんの秋」、第三作「ムツばあさんのいない春」は人間愛と郷愁に誘われて涙なくしては視れない内容で制作ディレクターの人柄も知れる。

10月7日劔岳山行を終え、その足で富山から埼玉県秩父市吉田大田部に向かった。
行程300㌔以上長野県塩尻市〜佐久市で一泊〜十国峠を越え群馬県上野村〜大田部へは昼前の到着となった。
カーナビの案内するままに楢尾地区に着いたものの想像を超える山中で人影は全くなく心細くなってきた。
舗装道終点の家に車が止めてあり人の気配があったのでムツさんの家を尋ねる。
「ムツさん宅は反対側の集落ですよ・・これからムツさんと義理の姉妹のところへ所ですから一緒にどうですか」とたまたま帰省していた御婦人に誘われた。
私はそれまでの緊張と不安感から解放され、なんと親切な応対をしてくれる人だろうかと嬉しくなった。
それから黒澤さんの家へ。ここはムツさんの夫である公一さんの本家にあたるところで今では80歳を越えたおばあちゃんと息子さんが暮らしているという。
「遠いところごくろうさんです。昼飯でも喰っていかんかい」と云われ甘えてしまう。
部屋には「氷川きよし」のプロマイドや旅回り役者のポスターが所狭しと貼付けてありおばあちゃんの楽しみのひとつのようだ。
在りし日のムツさん、公一さんの話を聞いた後、写真を撮らせていただきムツさん宅へ向かう。

来た道を引き返すこと10分あまり見覚えのある公園に着いた。
公一さんが植えたモミジそして休憩用のテーブルと椅子「通りすがりの人がこのモミジに目を止めしばらく時を過ごしてくれたらどんなにうれしいだろう」そんな思いで作った小さな公園である。
第二作「ムツばあさんの秋」のなかで新井武さんは「このモミジは大木になり楢尾のシンボルになるね」と言っていたがまさに楢尾のシンボルとなり旅人の目をひきつけている。
急斜面のひと1人歩ける道を登っていくとムツさんの家があった。
玄関前には行き先を示す石盤と訪問ノート、縁側には二人の在りし日の写真が並べてあり思わず番組の1シーンが蘇る。
「ムツさんいますか・・・」と呼びかけると屋根の上から「ここにいるよ」とムツさんのやさしい返事が返ってきそうで胸が熱くなりしばらく無言の時を過ごした。

このあと地区の世話役である新井武さんを訪ねる。
新井さんは終戦を熊本で迎えたようで熊本城や阿蘇の思い出を語り始め私も「政令指定都市になったこと」など大きく変化した熊本の近況を報告する。
「ムツちゃんの墓を案内しよう」といって集落はずれにある墓地へ。日当りの良い墓地には小林家の真新しい墓碑が建っていた。
武さんが「取材当時5戸9人いた住人は今3戸5人になっている」と寂しそうに話してくれた。
番組のなかでムツさんが最後に花木を植えた「すわのくぼの畑」にも案内され時を忘れ説明に聞き入った。
武さんは林業のかたわらコンニャク栽培をしている。コンニャク畑は傾斜のきつい斜面に植え付けから収穫まで一切が人の手によるもので大変だと言う。
また自慢の杉天然絞り丸太(でじぼ)林にも案内され育林の苦労話を聞く。
私が「後継者はいるんですか」と訪ねると「それはわかんねー・・・木が好きなんだー、木はじっと年輪を重ねるだけで嘘は言わねぇからね」と返し山里で暮らす楽しみと満足感にあふれていた。

気がつけば夕日が沈みかけ帰る時間となっている。
今回はじめて大田部楢尾を訪ねて「限界集落」の実態とそこで生活するお年寄りの活き活きとした姿にふれ経済優先でない「人生の価値観」があることを知り頼もしく思った。


      今は住む人がいないムツさん、公一さんの家だが多くの人が訪ねてくる
ムツさんが暮らした家

              公園でくつろぐ公一さんとムツさん
公一さんとムツさん

                 柿剥きをするムツさん
在りし日のムツさん





2012.10.26 / Top↑
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